蓮のウテナ

水に浮かぶ蓮の台(ウテナ)のように‥ただゆらゆらと

好むと好まざるとに関わらずやらざるを得ないもの‥それがチャレンジ

こんにちは、蓮花(れんか)です。"チャレンジ"って少し気恥ずかしい言葉ですよね‥

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 チャレンジしない日本の若者

少し前(2015年12月)にこんなニュースを見ました。

www.newsweekjapan.jp

そしてこれについて、お正月に放送されたワイドナショーというテレビ番組で、出演者が議論をしました。

ウエンツ瑛士さんはこう語った

チャレンジしないことは現状維持ではなく落ちていくことだと。

この発言を聞いて以来、こんなことを思うようになりました。

チャレンジは、望まなくても向こうからやってくる

もしかして‥こちらが望む望まないにかかわらず、チャレンジ案件というのはいつだって向こうからやってくるものなのじゃあるまいか?‥と。

試しに私のここ10年をざっくり振り返ってみましょう

2006~2009年

この2年前から母が闘病生活に。介護に初チャレンジ。

2009年にiPhon3Gを、夫から無理矢理持たさプレゼントされる。スマホに初チャレンジ。

2010~2014年

夫が中国・上海に赴任。帯同し、いわゆる"駐妻"になり、初めての海外生活にチャレンジ。まるで違う文化に戸惑う。

中国語を習い始めるが、暮らしに対応することに疲弊し過ぎて、ここに使うチャレンジ精神が残っておらず、全く上達せず。

2014~現在

マレーシア・ペナンで2か国目の駐妻生活。準公用語が英語のため勉強にチャレンジ。

2015年、3ヶ月だけアメリカ・アリゾナ州滞在にチャレンジ。準公用語ではなくバリバリ公用語の国では、自分の英語が全く通じないことを知り、初級クラスで再チャレンジ。

なんの罰ゲームですか?

‥というくらい、次から次へとチャレンジ案件が襲ってくる10年でした。己の運命を呪いました。なんで私ばっかり、こんな思いをしなきゃいけないんだろう‥と。

チャレンジしないことは現状維持ではなく落ちていくこと

そこで冒頭のウエンツさんの発言です。一時帰国した日本でテレビを観ました。

ということは、チャレンジし続けるということは現状維持ができてるということなのかな?

ラッキーだったのかも

この10年の間、次から次へとチャレンジせざるを得ない状況にあったから、私は落ちていくことをかろうじて避けられたのかもしれない。

早い時期からスマホを使っていたから、今デジタルガジェットを楽しめてるのかもしれない。

中国というカオスから海外生活がスタートしたから、今マレーシアの暮らしを楽しめてるのかもしれない。それほど中国生活というものは日本人にとって過酷なものなのですよ‥

マレーシアからのアリゾナという流れがあったから、今なんとなく英語が喋れてる(‥ような喋れてないような‥)のかもしれない。←どっちなんだ

もしかしてこれは‥"青い鳥"的なものなのかしら?

本当は誰の身の上にも、チャレンジ案件は降ってきているのかもしれません。

でも、それに気づいていない人が、ほとんどなのかもしれません。

青い鳥が実は身近にいることに、なかなか気付けないように。

いつだって諸行無常

諸行無常(しょぎょうむじょう)とは、仏教用語で、この世の現実存在はすべて、すがたも本質も常に流動変化するものであり、一瞬といえども存在は同一性を保持することができないことをいう。Wikipediaより引用

万物は常に流転しているのです。人も。世の中も。

年をとれば容姿や体力が変わる。時代が変われば生活が変わる。

その変化には、嫌でもアジャストしていかなければいけないのかもしれません。

それが生きるということなのかもしれません。

気づいてないだけで、みんな成長してるのだ!

今こうして、なんとか生きている。

ということは、成長しているということですよ。あなたも。私も。

それぞれのペースで。 全然、努力が足りなくなんかない。

最大限やってると思います。やってるハズなのです。あぁよかった。

だから変われます、いつだって

いろんなことが、ものすごいスピードで変わっていく。

そんな印象を受ける今日この頃。急激過ぎて目が回りそう。

でも、だいじょうぶ。これまでやってこられたのだから、これからもできるはず。

そう信じて、前だけを向いていきましょう。 チャレンジはすべての人に等しく与えられたチャンスなんですから。

 

あなたが 今日も ごきげんで過ごせますように‥蓮花(れんか)